◎尾川 泰将

 Wednesday尾川です。青物類がいよいよ全盛、朝晩は秋風が吹き始めて体にやさしい季節が近づいてきました。

 さて、いつもどおり私的な意見で恐縮ですけど、私はあちこちで目にするイナワラ(イナダとワラサの中間)という造語が大嫌いです。

 悪夢のような2011年。乳牛の飼料となる稲藁(いなわら)に放射性物質が降り注ぎ、今後を悲観して自ら命を絶った酪農家のニュースを思い出してしまうからです。
 あの大地震と、結果的に多くの命を奪い未だ故郷に帰れない人がいる福島の原発事故を思うと、細胞レベルで身体の芯、それこそ魂が、今でもざわつきます。なので私がかかわる記事や担当編集ページは冒頭の造語を一切使いません。

 時間と共に原発への問題意識は風化しつつあります。でも香港の激しいデモンストレーションを見ていると、原発に抗議し、国会前に多くの日本人が静かな炎を心に秘めて並んだあの日を思い出しました。その一人だった自分の中にある小さな炎も、おそらく一生消えないでしょう。

 

 前週ここで書いたお盆帰省の際、久びさに会った中学生時代の同級生と、いまだにもめている山口県上関町の原発建設予定地の話になりました。そこは故郷柳井市の中心部から20キロメートル圏内にあり、瀬戸内海にある素晴らしく美しい釣り場の一つです。
「絶対反対というお前の気持ちは分かるが、俺は昔、あそこへ就職する予定だったんよ」
 なんも知らん部外者が軽口をたたくなという雰囲気で彼は言い、私は沈黙しました。

 そして「まあ……あれは、もめ続けるばかりで、もう前には進まんじゃろ」と彼は付け足し、口をつぐみました。

 なぜだか全国ニュースにならないので多くの皆さんが知らないでしょうが「上関 原発」でウェブ検索すれば新設予定だったこの原発の、長期にわたるすったもんだが確認できます。当然のこと、賛成派と反対派ですさまじく主張が対立、書き手によってはかなり偏向する内容ですので、各サイトの記述は冷静にチェックしてください。

 ここまで書いてきて思い出すのは、大震災の後に届いた本誌読者からの投稿メールです。要約すると、
「赤ちゃんができて里帰りしている妻の実家、福島の南相馬市に向かおうとしましたが混乱していて、まだ行けません。まいりました。でも、みな無事のようでホッとしています」というものでした。
 実はメールをいただいた当時、放射性物質の詳しい汚染エリアは不明。その中に南相馬市があると発表されたのは、ずいぶん後だったように思います。

 その後を私は知りません。しかしこの地名を耳目するたびに、この一通のメールを必ず思い出します。

 すべての憂鬱を吹き飛ばし笑顔にしてくれる大好きな釣りを、ごくごく平凡に楽しまれている……。そう願ってやみません。