◉沖藤武彦
8月24日より東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出が始まりました。
福島県の漁業者は一貫して反対を続けています。
様ざまな意見があると思いますが、私個人としては、結果として漁連と国や東電との間で交わされた「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束がほごにされる以上、当事者である漁業者は賛成できないし、どれだけ安全と説明されて頭では分かったとしても、震災から12年がたつ今も復興したとは言えず就業者が減り続ける苦境にある福島県の漁業にとって「マイナスでしかない」処理水の放出は受け入れ難いものであり、しかも30年以上かかる放出期間、(色いろとあった)東電を信用し続けろというのも難しいことでしょうから、漁業者が反対するのは当然だと思います。
その一方で、うちの社員はもより、釣友、船長との会話でも、ことあるごとに感じていたのが
今回「なぜ」海洋放出が行われるのか。
「何を」海洋放出するのか。
「トリチウム」って何なのか。
「どれぐらいに薄めて」放出するのか。
そして「どうやって」監視・管理するのか。
国やテレビや新聞が報じていることながら、よく分かっていない、ぼんやりとしたイメージでしか捉えていない人が多いように思いました。
この、漠としたイメージは、肯定的に転べば「気にしない」、悪く転べば「風評やフェイクニュースに流されやすい」危うい状態だと思います。
そこで簡単に、自分が再確認する意味も含め、身近な人へ参考になるよう、あらためて「処理水」の「海洋放出」について整理してみました。
「なぜ」海洋放出が行われるのか。
福島第一原発では今なお一日90トンのペースで汚染水が発生しており、その放射性物質は「多核種除去設備(ALPS)」で除去されるものの、取り除くのが難しい「トリチウム」など一部の放射性物質を含んでいる水「処理水」がたまり続け、今年6月29日の時点でおよそ134万トン、敷地内に設置されているタンクの容量137万トンの98%に達しています。
では、タンクを増やせばいい。と思うはず。
実際、東京電力は原発敷地内の森林などを伐採すれば増設は不可能ではないとしているものの、こうしたスペースは今後本格化する廃炉作業によって生じる核燃料デブリや放射性廃棄物を保管することに使う方針で、タンクを増やすわけにはいかないらしいのです。
そこで、前記の「処理水」を安全な濃度まで薄めて海洋放出する。という案が採用されるわけです。
「何を」海洋放出するのか。
「処理水」とは何なのか? ALPS(アルプス)処理水との呼称で、ミネラルウォーターかよと揚げ足を取られそうですが、これは「多核種除去設備(ALPS)」によって
「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」
つまり、トリチウムは残っちゃっているけど、放射性セシウムなどは(世界中で行われている)環境放出基準をクリアしている水、のこと。
じゃあ「トリチウム」って何なの?
となるわけですが、トリチウムは水素の仲間(三重水素)で、日々自然に発生しており、水の一部として存在しているそうで、通常の原子力施設でも発生し、日本を含む世界各地で現地の基準を満たすようにして海や大気中に放出されている、とか。
で、このトリチウム。水の一部として存在しているため取り除くのが難しく、ALPSで処理しても残ってしまうらしいんです。
じゃあヤバイだろ。
となるのですが、トリチウムが出す放射線のエネルギーは紙1枚でさえぎることができるほど弱いため、外部被曝は考えられないそう。
体内に取り込んだ場合も、水と一緒に速やかに体外に排出(10日程度で半分が排出)され、特定の臓器に蓄積することもなく「内部被ばく」も他の放射性物質と比較し小さいとのこと。
また、(今のところ)水の状態のトリチウムが生物濃縮、つまり魚や軟体動物や海棲哺乳類や海藻類にたまることは確認されていないそうです。
◉なお、トリチウム原子がヘリウム原子になることで遺伝子が傷つく? についてはこちらを参考に。※諸説あります。
資源エネルギー庁
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/osensuitaisaku03.html
そうなると、次はトリチウムが残った水をどれぐらいに薄めて放出するのか、ということが気になるわけです。
「どれぐらいに薄めて」放出するのか。
海洋放出は①(ALPSで)処理する、②測る、③(海水で)薄める、④(立て坑にためて海底トンネルで1キロほど先に)流す。という手順で行われます。
①と②でトリチウム以外の放射性物質の濃度が国の基準を下回る濃度になるまで処理を続けた処理水は
残るトリチウムの濃度が放出の条件としている国の規制基準の40分の1を下回るように
③処理水の100倍以上の量の海水と混ぜ合わせて薄められ
④約1キロの沖合に放出されます。
で、どれぐらいに薄められるのかといえば、それは
国の規制基準の40分の1以下で、
WHO飲料水基準の約7分の1未満。
これはちょっと屁理屈っぽいのですが、
放出口における濃度の水を、生まれてから70歳になるまで毎日2リットル飲み続けても、平均の線量率はICRP(国際放射線防護委員会)の勧告をもとに定められた日本における放射性物質の安全基準(規制基準)=1年あたり1ミリシーベルト以内なのだとか。
まあ、ここまで言うと「岸田さんか西村さんか、東電の役員が飲んでパフォーメンスしろ」なんて揚げ足取りが始まりそうですけどね。
「どうやって」監視・管理するのか。
実はここからが肝心で、漁業者の不信の源泉。きちんと管理し、情報公開ができ、故障や事故、災害時などの危機に対応できなければ意味がありません。
管理・監視、つまり専門家はもちろん、国民が即座に知ることができるモニタリング体制と災害時などの危機対応が、今後30年以上、維持されるのか、ということ。
この点については、ニュースでも大々的に報じられたとおり、国際原子力機関(IAEA)から、ALPS処理水の海洋放出について、国際安全基準に合致していること等を結論付ける「包括報告書」が本年7月4日に公表され、
グロッシーIAEA事務局長は
「処理水の最後の1滴が安全に放出し終わるまでIAEAは福島にとどまる」
とコメントしました。ぜひとも、しっかり監視してほしいものです。
また、経済産業省、東電だけでなく、各省庁も処理水の海洋放出を機にモニタリングを開始、情報開示を行っています。
ALPS処理水のモニタリングはこちら。
サクサク動くし非常に見やすくできています。
ALPS処理水に係る海域モニタリング情報
環境省
https://shorisui-monitoring.env.go.jp/
私たちが最も気になる水産物のモニタリングは水産庁(がんばってくれよ!)。
水産物の放射性物質調査の結果について
水産庁
https://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html
そして当事者・東京電力は原発事故以降、各種モニタリングデータを随時公表し続けています。
福島第一原子力発電所付近での
海水放射線モニタ計測状況
TEPCO東京電力ホールディングス
https://www.tepco.co.jp/decommission/data/monitoring/seawater/index-j.html
さて。
原発事故における東電の対応、とくに事故直後に漁業者へ事前の連絡なしに行われた高濃度の放射性物質を含む汚染水の海洋放出など(あのときは編集長として本当に驚きましたし悩んだし、数年にわたって対応しましたよ)、当事者でなくとも今なお不信感がある人も多いことと思います。
私自身、本音を言えば東電に対して今なお不信感があります。
そう。国民、あるいは釣り人である我われが心の底で心配しているのは、実はトリチウムがどうだとか、ALPS処理水がどうだではなく、
東電や国が、言っていることを本当に守り続けるのか。
なのかもしれません。
その点については岸田総理がきちんと発言していますので、ぜひ、継続していただきたいものです。
また、廃炉に向けて作業を進めている関係会社を含む人たち、モニタリングを続ける人たち、そしてタンクに保管されている処理水のうちおよそ7割がトリチウム以外の放射性物質を除去しきれていない現実に直面している現場の方たちには、全力で頑張ってほしいと願っております。
というわけで、私はこれまでと変わることなく福島の魚を釣りますし、食べます。
さあ、釣りに行きましょう。
【参考・引用】
経済産業省・ALPS処理水特設サイト
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alps.html
NHK NEWS WEB
処理水の海洋放出 方法は?影響は?【Q&Aで詳しく】8/24版
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230822/amp/k10014169821000.html
読売新聞オンライン
地元漁師「何が起きようと一生この海で生きていく」…処理水放出、「常磐もの」守る覚悟
(四倉港・弘明丸の佐藤芳紀船長、文紀船長のコメントもあります)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20230825-OYT1T50045/